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子供のころの病気 【1】_未熟児網膜症

今日は,病気ネタを書き始めることにしよう。

病歴などブログに書くなんて,プライバシーダダ漏れであるのは承知の上だ。

っま,もうすでに私のほとんどのプライバシーに関わることはすでに漏れているので,よいとするか。


今日は,子供のころの病気 【1】_未熟児網膜症 についてである。

私は,出産予定日よりも2か月半から3か月早く生まれてきてしまった。

今となっては,
「○○は,おなかの中にいるころからすでにオッチョコチョイやったんやな~」
と,親戚の人たちの笑い話のネタであるが,当時は深刻であった。

当然,かなりの未熟児で生まれてくることになった。

私が生まれた当時の医療技術では,生きられない確率のほうが高かったらしい。
(ちなみに,現在はかなり体重が低くても助かるようになっているらしい。)

当時の主治医の方は,

「生きられないことも覚悟してください。
それから,助かっても目が見えないかもしれないことも覚悟してください」

と,両親に伝えたと聞く。

これを聞いて,両親はかなり悲しんでいたという(祖母からの伝聞により)。

特に母は毎日泣いていたらしい。


そんな中,私は保育器という機械の中で2か月くらい過ごした。

「死んでしまうかもしれない」と言われたのに,保育器の中で元気に落ち着きなくバタバタ動く私の姿を見て

両親は,「あれ?意外と元気やな?なんか落ち着きない子やな~」

と思って外から観ていたらしい。

理由は詳しくは聞いていないが,心臓が強かったとかなんかそんな理由で,無事に体重が正常の重さになるまでスクスク?育ち命は助かった。

しかし,保育器の中で育つと未熟児網膜症(酸素を過剰に送ることになってしまうから?らしい)という,
目の中の血管が未発達で血液が流れるべき場所が途中でなくなる状態??
(←うまく説明できなくてすみません)になってしまうらしく,
私もその未熟児網膜症になった。

そのため,赤ちゃんのときに,血管の端を冷凍凝固か,もしくは焼くことによって血液がちゃんと循環できるようにするための手術を2回受けた。

そして,手術は幸い成功だった。

この手術を成功させるのが当時かなり難しいものであったらしく,成功したことはかなり幸運なことであった。

その当時のお医者様の努力と幸運に感謝しなければなりませんね。


その後何も気にしなくてもいいかというとそんなことはなく,通常の状態で生まれてきた子供よりもちょっと大変なこともあった。

具体的には,

  • 網膜症の検査と目に薬を入れたりする治療のためにたびたび眼科に行ったり,
  • 4歳くらいからメガネをかけなければならなかった,
  • 発育が順調かどうかの検査のために,頻繁に病院へ行かなければならない (これはわたしというより親が大変だったでしょうね。)
  • 今でも,手術で血管を冷凍凝固したことや焼いたことで損傷を受けている箇所があるためか,暗がりが見えにくい。

ということである。

しかし,当然こんな大変さは,死ぬか生きるかや目が見えるかどうかを心配したりすることよりもはるかに些細なことである。


このように,超幸運によって

「生きること」と「視力」

を手に入れた私は,その後スクスク?「変人+類まれなるオタク人間」に育って行くのである。



それにしても,この運命と両親や祖父母・叔父叔母や,関わってくださった医療関係者の皆様に感謝しなければならないなと書いていて改めて思う。



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胃腸炎 【病気シリーズ】

今日はタイムリーな病気ネタである。

昨日の深夜に,以下のような症状に急激にみまわれた。

  • 下痢
  • 吐き気
  • めまい
  • 視界が白くなる
  • ふらつき
  • すごい発汗
  • 息切れ
  • 手足がしびれる
  • 寒気
あまりにも強烈だったので,「食中毒か??」と思い,「救急車を呼ぼうか?」とも思った程である。

しかしとっさに救急車の電話番号が思いつかないではないか!

うろたえるは,ものすごく怖いわで大変だった。

胃腸炎かもしれないとも思ったが,過去に何度かなった胃腸炎とは少し症状が違っていたので,違うのかなと思った。

しばらくトイレとお友達になったあと,布団で休むと,かなりましになった。

その後,猛烈な眠気に襲われて眠った。


そして,今日は「寒気・だるさ・眠気・なんとなく体がフワフワする」以外の症状があるだけである。

心配なので,救急外来に電話して,症状を説明し今すぐ病院に行く必要があるかどうかを尋ねたところ,

胃腸炎に伴う症状と思われます。熱が上がるかもしれないので水分補給しながらゆっくり休んでください。今すぐ救急外来にくる必要はないです。」

と,答えてくださった。

救急外来は有難い存在ですね。

電話で答えていただくだけでも安心する。

しかしながら,今日は研究室に行きたかったのですこし残念である。


いや~,それにしても・・・何度胃腸炎になるのやら。

近年は,年2回くらいなっているきがする(泣)

もっと丈夫になりたいな~。


「唾石症・唾液腺炎」の思い出 【病気の思い出シリーズ】

私はあまり体が丈夫ではない。

自己管理が甘いせいも多分にあるのだろうが,体質的にもなにか原因があるのだろう。


最近なった病気の中でたぶん一生思い出に残るであろうというのが,「唾石症 + それによる唾液腺炎」である。


◎ 唾石症 とは・・・(すごく簡単な説明)

口の中の唾液腺に結石ができる病気である。

石が詰まった側の唾液腺がはれる。

炎症が起こっていると膿が出てくる。

小さいうちは自然と排出されるが,大きくなると手術して取り除かなければならない。

口の中の胆石のようなものであると,私は解釈している。

また,石がかなり大きくなるまで自覚症状がほとんどないのが特徴である。

原因は唾液の粘度が高くなってしまうことらしい。


◎ 病気の経過

異常はとある木曜日にやってきた。

その時点では「なんか,リンパ腺の付近がおかしいな?ご飯を食べると腫れるな~」という程度だった。

そして・・・次の日

「うん?食後にリンパ腺とか口の付近が痛いな~。でも食後しばらくすると治るな。風邪かな?」様子を見ようと思った。

しかし,その日の夕食時に口の中に激痛が走る。

また困ったことに今まで味わったことのない痛みだったので,何が何だか?どこが痛いのかもわからず,病院でも何科に行けばよいのかわからなかった。

そんなこんなで土曜日

どうやら食事と痛みが関係しているということが分かった。

また,「少しでも塩分を含んだ辛いもの」を食べると痛いことが判明した。

しかしながら,空腹でたまらないが近くのスーパーに元気もなく,家にはカップラーメンしかなかった(私は一切料理をしないのいで自宅に全く食事の材料はない)ので,痛みと闘いながら少し食べたが,結局食べられなかった。

そうしているうちに痛みはどんどん増していった。

痛くてのた打ち回る始末。当然まったく寝られない。

ついに月曜日

絶対病院に行かなければならないと思った。

しかし,これがまたどこが悪いのか,何の病気かよくわからなかったので何科に行けばよいのかわからなかったが,とりあえず内科に行った。

そして,お医者さんにリンパ腺付近と口の中が異常にい痛く,食事が出来ないことを伝えた。

口の中を見せると,「うーん,唾液線付近がかなりはれてますね~。膿が酷いですね。うーん。それはうちの科ではみられないので耳鼻咽喉科に行ってください。」と言われた。

このときの私の心の中は・・・?

「とりあえず病院に行けばこの痛みから解放される」というような「藁をもつかむ思い」だったのでかなりショックを受けた。

こんなに痛いのに違う病院に行かなければならないなんて!!助けて~!!というかんじだった。

半泣きで耳鼻科へ行った。

すると先生は,「これは唾石症で唾液腺炎という症状やな。切って石をださなあかんわ。今から切りたいけど腫れ過ぎやし膿が多く出過ぎやから,今は切られへんわ。とりあえず,抗生物質と痛み止めと,消炎剤(たぶん)を飲んで腫れが引いてから手術をしよう。」
と言った。

私はまた衝撃を受けた。

今日痛みから解放されると思っていたのに!

「えー,もうとにかく今日切ってください!!この痛みから解放されるためにはどんな怖い手術でも耐えますから!!」と心の中で叫んでいた。



そして2日後・・・病院へ。

(ちなみにこの2日間プリンとゼリー以外口に出来なかった

また「痛みで泣くというのはこういうことなのか」ということを思い知った。)

先生に口の中を見せると・・・,

「うーん,まだ腫れがひどいし膿も多いな~。でもしゃあないな。今日手術しよか。」

と言われてホッとした。

手術は怖いけどこの痛みから解放されるならもう何でもいい!!

そして,寝ころんで意識がない状態で切ってくれるのかと思いきや,手術の方法は椅子に座って口を開けながら部分麻酔の状態で切って石を取り出す方法だった。

麻酔を患部の近くに何本か打たれる。麻酔の注射は痛いがこのときはそんな痛みは吹っ飛んでいた。

また途中,麻酔が切れて痛かったが,この痛みも大したことが無いと感じられた。

口をあけること小一時間。

やっと大きな石が取れた。

先生は「大きな石やな~。こんな大きさはめったにないわ~。」と何だか少し「感慨深げ + 驚き」 の様子であったがそんなことは私にとってはどうでもよく,正直取れたら何でもかった。

「ベットで横になりましょう」と看護師さんが言いかけたその瞬間,

ホッとした~。と思いきや,落とし穴が!

もう一つ石が残っていることに先生が気づく。

その後なんとか 2 つ目の石が取れた。

本当にやっとである。これであの痛みから解放されるのか!と思うと嬉しくて涙が出るかと思った。

取れた石を見せてもらってびっくりした。

本当に大きいではないか。

今はこの石をお守りとして財布に入れている。

少し砕けて形が変わってしまったが,あらかたこんなかんじである。

せっかくなので写真を載せよう。


気持ち悪い画像なので見たくない人は飛ばしてください。



P1020814.jpg 


別の角度からもう一枚。

P1020817.jpg
(下の紙は 5 ミリ方眼である)


術後数日間はずっと血の味がしていたが,手術前の強烈な痛みよりよっぽどましであった。

災難であったが,この経験も今となっては「良い話のネタ」である。人生の肥やしである。

しかしもうこんな体験は一度きりで十分。マジで二度と経験したくない。





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Author:YY
万年筆にハマって10年。

気まぐれな性格なので更新が不定期ですが、気長に付き合ってください。

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